国民年金だけでは足りない?老後2000万円問題の真実と今からできる対策

2025-05-13 22:23

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誰もが迎える老後。その生活を支える柱の一つが公的年金、特に国民年金や厚生年金です。しかし、「年金だけでは到底暮らせないのではないか」「老後2000万円問題と聞くけれど、自分にはいくら必要なのだろう」といった不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。

この「老後2000万円問題」は、2019年に金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループがまとめた報告書が発端となりました。これは、平均的な収入の会社員世帯(夫が会社員、妻が専業主婦)が、夫の退職後に公的年金だけでは毎月約5万円不足し、30年間で約2000万円が不足するという試算が示されたものです。この数字がメディアで大きく取り上げられ、多くの人が「自分も2000万円を用意しなければ」と衝撃を受けました。

しかし、この試算はあくまで「モデルケース」に基づいています。総務省の家計調査報告を基に、夫65歳以上、妻60歳以上の無職世帯の平均的な収入と支出を比較したものです。当時のデータでは、高齢夫婦無職世帯の実収入は約20.9万円(公的年金が中心)、実支出は約26.4万円となっており、毎月約5.5万円の赤字が出る計算でした。これが30年間続くと、5.5万円 × 12ヶ月 × 30年 = 1,980万円、つまり約2000万円の不足となる、という構図です。

重要なのは、この数字が全ての高齢者世帯に当てはまるわけではないということです。この試算は、公的年金以外の収入(例えば、退職金を取り崩す、貯蓄を取り崩す、家賃収入があるなど)や、個々のライフスタイルによって大きく変わる支出を考慮していません。地方に住むか都市部に住むか、持ち家か賃貸か、趣味や旅行にどれだけお金を使うか、医療費がどれだけかかるかなど、必要な生活費は人それぞれ全く異なります。

では、実際に国民年金や厚生年金はどのくらいもらえるのでしょうか。国民年金は、20歳から60歳までの40年間、保険料を全額納めると満額を受給できます(令和6年度の満額は月額68,000円)。自営業やフリーランス、専業主婦(夫)の方などが主に国民年金に加入しています。会社員や公務員は、これに加えて厚生年金に加入しています。厚生年金の受給額は、現役時代の収入や加入期間によって大きく変動しますが、例えば厚生労働省の統計によると、令和3年度末の厚生年金保険(第1号)受給者(平均的なサラリーマン世帯が夫のみの場合など)の平均年金月額は約14.5万円です。これに国民年金部分を合わせると、平均的な年金受給額は約16.3万円となります(夫婦2人分の老齢基礎年金を含むモデル夫婦の場合、令和4年度の新規裁定者の平均は約22万円)。

もし、この平均的な年金収入で、先ほどの平均的な支出(約26.4万円)を賄おうとすると、確かに毎月約10万円程度の不足が生じる計算になります。つまり、多くの人にとって、公的年金だけでは豊かな老後を送るには不十分である可能性が高いと言えます。老後2000万円問題の本質は、「平均的な家計では年金だけでは不足する可能性があるため、自助努力による資産形成が重要である」という警鐘だったのです。

では、私たちはこの状況に対して、今からどのような対策を講じることができるのでしょうか。

まず第一に、自分自身の老後に必要となる資金を具体的に見積もることが重要です。現在の支出を把握し、老後のライフスタイルを想像して、おおよその年間支出目標を設定します。そこから、見込みの公的年金受給額を差し引けば、年間で不足する金額が分かります。この不足額に、何歳まで生きるかを想定した年数をかけることで、概算の必要資金が見えてきます。この計算は、ねんきん定期便やねんきんネットなどを活用して、自分の年金見込み額を確認することから始められます。

次に、不足するであろう資金をどのように準備するかを考えます。方法はいくつかあります。一つは、堅実に貯蓄することです。毎月一定額を先取り貯蓄する習慣をつけましょう。また、資産運用も有効な手段です。特にiDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)といった税制優遇制度は、老後資金形成において非常に強力な味方となります。iDeCoは掛け金が全額所得控除になるなど、税負担を軽減しながら老後資金を積み立てられますし、NISAは投資で得た利益が非課税になります。これらの制度を上手に活用することで、効率的な資産形成が期待できます。ただし、投資には元本割れのリスクがあることを理解しておく必要があります。

また、老後の働き方や年金の受け取り方も重要な対策です。元気なうちは定年後も働くことを選択すれば、収入が得られるだけでなく、社会との繋がりも保てます。さらに、厚生年金には65歳以降も働きながら年金を受け取る「在職老齢年金」という仕組みや、年金の受給開始を66歳以降に遅らせることで年金額が増額される「繰り下げ受給」という制度もあります。例えば、75歳まで繰り下げると、本来の年金額の84%が増額されます(令和4年4月以降)。これを活用すれば、生涯にわたって受け取る年金額を増やすことが可能です。

さらに、老後の支出をいかにコントロールするかも、対策の一つです。住宅ローンの完済、持ち家であればリフォーム費用を計画的に積み立てる、あるいは住み替えを検討する、不要な保険を見直すなど、大きな支出に影響を与える項目について早めに考えておくことが大切です。日々の生活でも、無駄遣いをなくし、メリハリのあるお金の使い方を意識することで、必要な生活費を抑えることができます。

老後資金の準備は、とかく先延ばしにしてしまいがちですが、時間がかかるほど有利になる側面があります。複利の効果を享受したり、万が一の事態にも対応できる猶予ができたりするからです。「老後2000万円」という数字に漠然とした不安を感じるだけでなく、自分の年金がいくらもらえるのか、自分にはいくら必要なのかを知り、具体的な行動を始めることが、安心して老後を迎えるための第一歩と言えるでしょう。公的年金は老後生活の基礎となりますが、それだけで全てを賄えるとは限らないという現実を受け止め、早いうちから計画的に資産形成や支出管理に取り組むことが、豊かな老後を築く鍵となります。